福音の丘
                         

喜んで、シェア

聖家族
第一朗読:サムエル記(サムエル上1・20-22、24-28)
第二朗読:使徒ヨハネの手紙(一ヨハネ3・1-2、21-24)
福音朗読:ルカによる福音(ルカ2・41-52)
カトリック浅草教会

 今年も、流行りの言葉で言うならば「平成最後」のお年越、ということで、一年を振り返り、また平成全体も振り返り、みたいなね、そういう年末となりました。
 今年一年、どんな年でしたか。ちょっと振り返ってみるのは大事なことだと思いますけど、今年、いろいろありましたでしょう。
 今年の漢字っていうのがありますよね。どこだかのお寺で、でっかい紙に、ふっとい筆で、ビシャっとこう・・・。あれ、一度やってみたい。(笑)気持ちよさそうですよね、大きな真っ白い紙に、気合を入れて「ハッ!」、って。
 で、何て書きますか。皆さんだったら。今年の漢字、一文字。私は、自分だったら何て書くだろうなと考えたんですけど、今年はやっぱり、「会」うかな。
 「出会い」の「会」っていう字。
 いろいろな人に会いましたから。今年は特に、いろんな出会いが多かった。多かったのには、やっぱり理由があって、それだけ出かけて行ったからでしょうね。出かける機会を増やすと、会うチャンスも増え、大切な出会い、いい出会いも増えていくんだと思います。そりゃあだって、部屋の中でじーっとしてたら、誰にも会わないわけですから。
 もちろん、向こうから来てくれるっていうことも多かったですけど、それだって、お迎えする気持ちがなければ誰も来ないわけで、こちらに「会いたい」っていう思いがあるからこそ、みんな会いに来てくれる。今日もこの教会は初めてっていう方がミサに来てますけど、今日のこの出会いから、何かが始まるわけでしょう。「会」うっていうその一文字は、特に今年、私にとっては大切な恵みだったなあと思います。
 今年、皆さんは誰に会いましたか。どんな出会いがありましたか。 

 

 私の場合、雑誌に「福音家族」を連載したのも大きかったと思います。一年間連載しましたから、本当にそれは苦しい作業でしたけど、でもそのおかげで、それを読んで訪ねてきましたとか、連絡してきたっていう人も少なくないですし、「うちでもそのことを話してください」っていう講演の依頼も増えた。メディアはなかなか力があって、今年はつい先日も朝日新聞に三日連続で私、紹介されてたの、ご存じですか。東京新聞でも香山リカさんが私の福音家族を紹介してくれたし、クロワッサンで新刊本の「おさなごのように」が紹介されたりとか、その度にそれを読んで会いに来る人がいるんですよ。メディアには、人を出会わせる力がありますから。 
 福音を伝える現場を大切にしていると、いろんな人に会えて、ほんとに楽しい。
 逆に言えばもったいないですよね、福音をしまっておくのって。やっぱり、信じていること、感動したことを露出しないと、いくら「主よ、主よ」と言っても、一人で部屋の中にいたんじゃ、誰にも会えない。やっぱり出かけて行って、語って、書いて載せて、露出すると、出会いの機会が増え、人を救うことさえできる。その意味では、皆さんは宝物をかかえているわけですから、もったいないですよね。
 それについては、教皇フランシスコの影響も大きかった。あの人が事あるごとに、「出かけろ」「出かけろ」って言うもんだから。「教会の外に出て行け」と。「閉じこもるな」と。「人々のもとに、現場に行け」と。それに触発されたっていうのは大きかったと思います。今年から刑務所に通うようになったのもそうですし、被災地もね、釜石だけではなく、今年は岡山にも行きました。出かければね、出会いに感激して泣く人もいるし、お互いに、その出会いによって変わることができるんですよ。「私」って、私のままもう何十年も変わらずに生きていると思ってたら、一人の人と出会うことで自分が変わることがある。それはやっぱり、わくわくします。この人に会わなかったら、自分の中のこういう部分に気づかないまま終わっちゃったかもしれないと思うと、死ぬに死ねないっていう思いですよ。 
 「明日、誰に会うんだろう」と思ったら、わくわくします。その人に会ったら私が変わるかもしれないわけでしょう? もちろんいい意味でね。今は知らなくとも、明日にも、神さまが用意している素晴らしい出会いがあるかもしれない。これはもう、楽しみ以外の何ものでもない。
 今年は、東南アジアにも出かけました。春にはベトナム、秋には香港、マカオ、シンガポール、そしてタイ。各地の教会や日本人会をまわり、ミサを捧げ、黙想会で講話をしてきましたけど、どこでも感動的な出会いがありました。そうして日本に帰ってくれば、香港、マカオ、シンガポール、タイ、ベトナム、インドネシアと、各国からの人々が日本に来てるわけで、実際に行ってきた後では、彼らとの関係も変わるわけですよ、やっぱり。
 ベトナムからの留学生たちとも、今年も一年間、毎月の「一緒ごはん」を繰り返してきましたけど、実際にベトナムに行って帰ってくると全然違いますもんね。「ああ、そうか。君たちはああいう国で生まれ育ったのか」と思うし、「そんなみんなが日本に来てくれて、つらい日々を送っているんだから、もっと応援しよう」と思うし、そこはやっぱり彼らへの思いが変わってくる。
 その意味では、留学生よりも貧しくて、厳しい環境で働いている技能実習生のための福音家族を作りたいと以前から願っていたんですけど、たまたま先月、実習生と親しくなれたので、実は、ついに今晩、「ベトナム技能実習生家族」の、第一回一緒ごはんです。彼らは借金背負ってきてますし、普段はおいしいもの食べていませんから、私、今晩のために、昨日わざわざ近江牛の専門店まで行って、すき焼き用の肉を買ってきましたよ。いや、自分が食べたいからじゃないですよ。(笑)せっかく日本に来てくれたんだから、日頃厳しい仕事と暮らしをしてるわけだし、帰国するまでの間に一度くらいおいしいすき焼き食べてもらいたいって思っちゃって。 

 

 楽しいね。出会いは、本当に楽しい。
 今日の福音書の、この聖家族のところを読んでいて、ふっと思ったんですけど、イエスさま、やっぱり「出会い大好き」だったと思うんですね。エルサレムへの旅って、これ毎年行ってるわけでしょ。年に一度の家族旅行。イエスも、12歳で初めてじゃないですね、11歳のときも、10歳のときも行ってるわけだ。で、多分、すごく楽しかったんだと思うんですよ。年に一度、エルサレムの街に出かけるのが。普段はナザレの田舎町で、知った人にしか会わないわけでしょう。それが、都会に出て、見たこともないほど大勢の人たち、いろんな国の人たち、偉そうな学者たち、立派な祭司たち、そして、地元にはいないような、タイプの違う同じ歳ごろの子どもたち。 
 これはね、私もそういう性格だからわかるんですけど、はしゃいだと思うんですね。はしゃいだっていうか、ほんと嬉しかったんだと思う。12歳の彼には、知りたいことがいっぱいある。出会いたい人もいっぱいいる。見回せば、貧しい人たちもいる、お金持ちもいる、各国の人たちもいて、いろいろ語りかけ、いろいろ聞き、そこで世界というものを知っていったんじゃないですか、いろいろな人と会うことで。
 だから、両親がもう帰るって時に、残っちゃったんです。でもそれは、彼の中ではいわば当然のこと、自然なことだった。聖家族も、もちろん大事ですよ。大事なんだけれども、「ここで出会っているこの人たちがみんな、神さまによって出会わせていただいている家族なんだ」っていう、その事実に高揚したんだと思います。 
「これが、神さまが出会わせてくれた、ほんとに一緒にいるべき、もっと知り合うべき、家族なんだ」 
 「聖家族」っていうのであれば、まずは、3人が模範です。だけど、それだけじゃない。もっと大きな、聖なるご縁に結ばれた、まさに福音家族をこそ、イエスさまは生涯かけてつくり出したたわけですし、おかげで2000年経ってもこうして我々は教会という家族を生きているわけですけども、その原点が、このエルサレムでの体験にあったのかなと、そんなふうに読みました。だからこそ彼は、その現場に残って、学者たちとずっとしゃべってるんですよ。賢い受け答えに周囲の人も驚いている。彼にとっては聞きたいこと、言いたいこと、いっぱいあったんじゃないですか。しかも見知らぬ人とじゃない。「ここが父の家だ」っていう感覚で、神殿でそこに集まってくる人たちと会い続けていた。 

「ここが私の家なんだ」 
「ここで出会う人たちもまた家族なんだ」。
 この感覚ですよ。キリストの教会の原点が、すでにこの出来事にあるように、私には読めました。 

 

 私も、人が大勢来ると嬉しいタチです。いろんな仲間たちと集まってワイワイする。今年も、どれだけ一緒ごはんをやったか。どれだけ語り合い、励まし合ったか。なんか、たま~に1人でごはん食べていると、侘しいもんだねえって思うし、でも、まさに今晩もまた、実習生の仲間たちが集まってくる。それが教会でしょう。
 だけど、教会には、それをもっともっとやる可能性があるはず。私もチラッとは試しているけど、まだ可能性の1%か、2%でしょう。これをみんなで、あと10%、20%やっていったら、台東区において、このカトリック浅草教会はイエスの宿る父の家となりますよ。みんながそこに集って、出会って、お互いにこれこそ家族だって言える、そんな拠点にできるはずなんです。ちょっとずつでも。 

 

 昨日、「こころの時代」の再放送を見ていて、心熱くなりました。 
 「こころの時代」、ご存じですか、NHKの。余談ですけど、私、この番組に出てくれって頼まれたことがあるんですよ。NHKのディレクターがでっかい花束持ってやって来て、「ぜひお願いします」って。でも、「カメラに向かって福音語れますか」って言ったら、それは無理ですって言われて、断っちゃいました。いい機会だったのにねえ。
 昨日は、トニー・テイさんを紹介してました。シンガポールのボランティア団体の代表ですけど、せっせとお弁当を作っては、人々に届けているんですね。貧しい人たち、食べられない人たち、ひとり暮らしで困っている、そんな人たちのために、せっせと弁当を作っては届けている。最初は夫婦でやっていたんだけど、今は大きなボランティア団体になりました。「ウィリング・ハーツ(Willing Hearts)」っていう名前です。willingって、willing to doっていうのは、「喜んでする」ですね。義務とか使命とかじゃなくて、喜んでやる、やりたくてしょうがなくてやる心、willing 。実際にボランティアたちが、喜んでお弁当を届けている姿が紹介されてました。 
 トニーさんが、なんでそんなことをするようになったかっていうと、彼は母子家庭で育っているんですね。カトリックの一家です。貧しかったので、彼だけ修道院の寮みたいな施設に預けられたんですね、子どもの頃。大部屋に40くらいベッドが並んでいて、そこでみんなで寝起きする、そんな施設です。だけどそこで彼は、シスターたちからすごく大事なことを学んだって言うんです。それは、「シェア」です。 
 シェア。分かち合うこと。分け与えること。それを、喜んですること。
 それこそが、何よりも大切なことだと、彼はそこで学んだわけです。 

 

 その後、彼はバイトをしたり、働いたりしながら大きくなって、結婚もし、小さな印刷工場みたいなこともやって、なんとか自活、自立できるようになり、お母さんを呼び寄せることもできて、そこそこ楽に暮らせるようにもなった。そんなある時、お母さんが亡くなったんです、彼が57歳の時。その時のご葬儀に来た、それこそ彼が50年前に世話になった施設のシスターから、彼は頼まれたんですね。「今、施設の朝食のパンが足りない。パンの寄付を集めてくれないか」って。 
 それで彼は知り合いのところを周ったりしてパンを集めて、さっそく、200個届けた。すると、シスターから、「そんなにいらない、今は子どもたちも少ないから20個でいい」と言われて、そしたら余るじゃないですか、180個。そのとき、シスターが、「トニーさん、余ったパンをどうしたらいいか、わかりますね?」って言ったんですって。トニーさんは、もちろん「はい」と言って、当然、それをシェアした。近所の警備員さんに配り、近隣の貧しいおうちにも配ってまわった。すると、みんなとても喜んでくれた。その時に、「あ、これだ」っていうことにようやく気づけたそうです。
 彼の言い方だと、「目が覚めた」、と。 
 子どもの頃、パンをシェアしてもらって、彼はそれで生き延びたわけですよね。その後、働いた自分の金で飯食ってきたけど、シェアを忘れていた。だから、ほんとの喜びをわかっていなかった。本来、シェアして人を喜ばせるっていうのは、こんなに嬉しいことなんだってことに目が覚めて、それから夫婦でパンを配り始めたんですよ。みんな喜んでくれて、さらには野菜も配り始めた。 
 ところが、ある人が「野菜はいらない」って言ったんですね。我が家では料理できないから、と。それでトニーさんの奥さんが、野菜を調理してお弁当にして持っていったら、すごく喜ばれた。これが、始まりです。たった一食から始まったんですね。それが二食、三食になり、やがて自宅の裏庭に広いキッチン作って、どんどんお弁当を配るようになり、仲間たちも手伝い始め、市場で余った野菜を引き受けて調理して、ボランティアも増えてNPOになって、今やボランティアが200人で、毎日、6000食。 
 去年、このトニーさんは、マグサイサイ賞を受賞しました。アジアのノーベル平和賞っていうような賞ですけども、受賞を知らせる電話をもらったとき、彼はいたずらだと思って切っちゃったんですって。するとまたかかってきて、「本当なんです」と。そんな彼を慕って、毎日集まってくるボランティアたちの中には、企業のCEOとかもいる。番組では、そういう人たちが調理したり、車を運転してみんなに届けたり、みんなそれが楽しくてしかたないっていうような様子を紹介していて、見ていてうらやましくなりました。
 トニーさん、朝3時半起きだそうで、「疲れませんか」って聞いたら、「まったく疲れません」と。「だって、喜んでやってますから」と。そして、こうも言ってました。
 「私は、何の知識もなかったし、料理も全然できなかったけれども、とても自然にこの活動を始めました。例えば、赤ちゃんのミルクを調合したことがない人でも、赤ちゃんが泣いてたら、なんとかミルクを調合して、飲ませようとするでしょう?」
 おっしゃるとおり。ミルクがあるのに何もせずに、赤ちゃんが泣くのをただじーっと見てるとしたら、それはおかしな人ですよね。だれだって、ごく自然に、「なんとかしよう」と思うでしょうし、そのなんとかしようと思う心こそが、真の喜びをもたらす。
 その喜びを育てるために、トニーさんは、子どもたちにも手伝わさせているんですね。大勢の小学生たちに、お弁当を配らせたりして。彼は、子どもたちを前に、こう言ってました。 
 「みなさんはこれから、貧しい人のおうちに行って、お弁当を配ります。みんなとても喜んでくれます。そのとき、人を助けるっていうのは自分にとっても嬉しいことだって気づいて、大きな喜びが生まれるでしょう。それは実は、助けていると同時に、その人たちからみなさんが助けられたということなんですよ。みなさんは、助けてあげることで、助けられるんです。さあ、いってらっしゃい」 
 いい教育じゃないですか。この人、この活動始めたのが57歳です。たった一食のお弁当から初めて、いまや6000食。みなさんも、年齢関係なく、まあ、6000とは言わないけれども、一食ならできそうな気がしませんか? 
 喜んで、シェア。そんな出会いによって、多くの喜びが生まれます。イエスさまがそれを望んでおられるし、キリストの教会はそのために存在するし、キリスト者に与えられた大いなる恵みが、来年2019年、たっくさんの実りと喜びを生み出すことを心から祈って、今年最後のミサといたしましょう。
 来年はどんな素晴らしい人に会えるだろう。その人に会うおかげで、私もどれだけ救われるだろう。 

 

2018年12月30日録音/2019年2月14日掲載 Copyright(C)2019 晴佐久昌英